アンソロ作品

□ふっと微笑んで、ほっとしませんか?
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「何を読んでいるの、泉水子ちゃん?」
不意にかけられた声に泉水子は驚いたように背中を揺らして振り向いた。
「真響さん……」
 真響の姿を認めた泉水子は安心したようにほっと息をついて笑みを浮かべた。
 真響は泉水子の読んでいた雑誌に目を向ける。
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「へ〜……泉水子ちゃんもやっぱり女の子だね〜! うん、かわいい」
 満足そうに言ってから泉水子に笑顔を向けると、真響につられたのか泉水子もはにかんだような笑顔を向けた。


*   *   *   *   *   *   *   *   *   *





「あ、あのね、深行くん……」
「なんだよ」
 誰もいない生徒会室の中、それまで静かだった泉水子は少し緊張した面持ちで深行に声をかけた。
 なかなか話し出さない泉水子に深行は手にしていた書類から目を離して泉水子を見る。
「深行くんって、甘いの、平気なんだよね?」
「え……まぁ」
 視線が泳ぐ泉水子をいぶかしげに深行は見た。
「あのね、実はね、ちょっと行ってみたい場所があってね……」
「おれじゃなきゃだめなのか?」
 あまりにもゆっくりと言い出す泉水子にほんの少し気を揉んだ深行は自分が思った以上にきつく言葉を発しているのに気がついた。見れば泉水子は泣きそうな顔をして口を閉ざしてしまっている。前髪を少し掻き上げ深行は声を和らげた。
「悪い。最後まで言ってくれ」
 しばらく深行を見ていた泉水子は伏せ目がちになりようやく続きの言葉を発した。
「……あのね、駅の近くに新しいケーキ屋さんができたの」
 ときおり深行を確認するように見てからゆっくりと言葉を紡いでいった。
「それで、行きたいなって思って」
 次に目を上げた泉水子は深行を恥ずかしそうに見た。
 その視線を避けるように深行は泉水子とは逆の方に顔を向けた。窓側に移る自分を見て小さく溜息をついた。
(人が来なくて良かった……)
「……どうかな?」
 深行は心配そうに聞いてくる泉水子に視線を移した。考える間もなく深行は簡単に言葉が口を出た。
「いつ行くんだ?」
「え?」
「だから、それはいつ行くんだって聞いているんだ」
 なるべく声を荒げないように抑えるように努めてから、言い訳のように泉水子に聞いた。
「予定、合わないと意味ないだろ?」
 話しの続きだと知って泉水子は嬉しくなって笑顔になった。
「今週の、土曜日とか……どうかな?」
 一瞬だけ思案する顔になってから深行は肯定した。



*   *   *   *   *   *   *   *   *   *




「お、お待たせ……深行くん。遅くなっちゃってごめんね……」
 はぁはぁと息を弾ませながら泉水子は走って深行のもとに駆け寄った。
「時間通りだから気にすることないだろ。それより、お前こけたらどうするんだよ」
 深行はどことなく楽しそうに言った。
「深行くんはいつもそう言う。いくらのろまでも、そんなすぐにはこけないもん。これでも山育ちだったんだから」
「ああ、確かに」
 含んだような笑いをする深行はいつもより瞳の色が優しかった。

「えっと、確かこの辺だった気がするんだけど……」
 駅前についてから泉水子はきょろきょろと頭を動かし店を探しだした。
「どの辺にあるんだ、その店」
「えっと、駅の西口で……新しくできたお店で――」
「地図はないのか?」
 急に驚いたように泉水子は深行を見た。
「雑誌に乗っていたんだけど、わ、忘れちゃったの……」
手はバックに備えられていたものの動くことはなく、おそるおそるといった感じで泉水子は深行を見た。
「……店の名前は?」
「えっと……フランス語か何かの言葉で――」
「そんな店、たくさんあるだろう? そんな急いで探さなくても――」
「で、でも新しいしすぐにわかると思うから」
 せわしない様子で店を探しまわる泉水子に面白くなくて、深行は確認するようにゆっくりと聞いた。
「……なぁ、鈴原。確認するけど、これって……その、俗に言うデートってやつだろう?」
顔を思いっきり上げた泉水子は憤慨した様子で深行を見た。
「別に、そんなつもりで深行くんを誘ったわけじゃないもの。ただ――」
 悔しそうに瞳に涙を溜めている泉水子を見てやや驚いたように深行は口を開けた。
「わたしは、深行くんと一緒にケーキ屋さんに行って食べたかっただけだもの」
 言葉を失って深行は泉水子から視線を外した。
「深行くん?」
「……おれ」
 わずかに赤みがかかった顔で深行は泉水子を見た。
「?」
「てっきりそういうつもりかと……」
「え?」
「……今のは気にしなくてもいいから、いやむしろ忘れてくれ頼むから」
 黒目がちな瞳がぱちくりと驚いたように瞬きし、その瞳は涙を溜めていたからかいつもより瞳が黒く輝いた。
「どういう、こと?」
 無垢な疑問を浮かべた泉水子はただ深行を真っすぐに見た。
「頼むから、そんなに見ないでくれ」
 参ったようにして泉水子の視線を阻む様に、背けた顔を手で隠すようにして深行は額に触れた。
 しばらくじっとしてから深行は大きく息を吸ってから止めて、ゆっくりと吐き出した。緩慢な動作で手を離せばそこにはいつもと変わらない深行がそこに立っていた。
「お前がその気なら、早くケーキ屋さん見つけるぞ」
 ぐいっと腕を引かれた泉水子はつんのめるようにして歩きだした。
「言っておくが容赦はしないからな。店が見つかるまで休憩はなしだ。もちろん寄り道も。服が見たいとか小物がかわいいとか言っても寄らないからな。店を見つけて食べたらすぐに帰るから、そのつもりでいろよ」
「え、ちょっと待ってよ……早い」
 先ほどとはうって変わって歩調が一気に早くなった深行に足がもつれそうになった泉水子は戸惑いを感じつつも嬉しくなる気持ちを抑えられずにいた。
「お前はよっぽどケーキ屋さんに早く着きたいらしいからな、ちゃんとついて来いよ」
 どこか悪戯っぽい声のまま泉水子を顧みた。

「あ!」
 引かれるようにしていた泉水子が不意に声を上げて立ち止る様子を見せたから深行は歩くのを止めた。
「見つけたか?」
「うん。あれ、きっとそうだと思う。雑誌に乗っていたのと同じだから」
 泉水子は店を指射して深行に教えた。
「反対側か。一度戻ってから渡った方がいいな」
 来た道を引き返して道路を渡った。
店に近づくにつれ泉水子が嬉しそうに深行に声をかけてきた。その返答をしている顔が綻んでいることを深行は知らない。
レンガ造りのかわいらしい家に植木とその横にリスなどの小動物の飾りが並んでいる。手造りの看板には店の名前が書いてあり扉の前で立てかけてあった。
「かわいい……」
小さな声で呟いた泉水子は振り返るようにして深行を見た。
「わたし、こんなかわいらしいケーキ屋さんって初めて。なんだか童話に出てきそう」
「なんか、おれが入るにはちょっと勇気がいるな……」
 ぼそりと呟いた深行にわくわくしながら泉水子は入るように促した。

 扉を開けるとカランコロンと鳴って客が来たことを教えた。
 深行は興味深そうに店を眺め、泉水子はショーケースに一目散に駆け寄って瞳を輝かせた。普段と同じ三つ編みが嬉しそうに飛び跳ねる。
 店員に声をかけられた泉水子は店内で食べることを選んで深行を呼んだ。
 通された席に向かいあって座って、二人は出された水を飲んだ。
「深行くん、ほんとに休憩しないんだもの」
「……まさかこんなに時間がかかるとは思ってなかったからな」
「み、深行くんは何食べる?」
「話しをそらしただろ……。別にいいけど」
 深行は再び水を飲んだ。
「鈴原が来たいって言ったんだろう? なんかおすすめのものとか知らないのか?」
「え、じゃあ勝手に頼んでもいいの?」
「すっごく甘いもの以外なら食べられないわけではないしな」
「例えば……?」
「キャラメルばっかりのやつとか」
「……カスタードとかは平気?」
「ああ」
 メニューを開いてから飲み物を決めた二人は店員を呼んだ。

「おまたせいたしました。こちらシュークリームと紅茶になります」
 差し出されたシュークリームを見て泉水子はかわいいと言いながら深行を見た。
「え、トトロ?」
「うん。深行くん、トトロ好きでしょう?」
 深行は瞳を見開いてから嬉しそうに笑う泉水子を見た。
「あのね、雑誌に載っていたの」
 かわいいから後で真響さんと真夏くんにもお土産買おうかな、そう言う泉水子の声がしていたけれど深行には聞こえていなかった。
「深行くん、トトロ好きだから早く見てほしくて」
(それで宗田じゃなくておれだったのか……。おれがトトロ好きだからって――おれのために)
 深行は慌てて紅茶を掴んで一口含んだ。
 照れたようにはにかんだ泉水子は再びシュークリームに視線を移してトトロに笑いかけている。
 それを静かに見ながら深行は火照った頬の熱をどうしようかと思案しつつ、目の前のくりくりとした瞳を向けながらにんまりと笑っているトトロの向きをそっと変えた。

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